|
最近、盛り場に「ガングロ」顔に白い化粧を施し、
毛髪をおどろにした山姥族と呼ばれる若い女性が出没し、
新しいファッションとしてニュースなどに取り上げられている。
他者との差別化を図る自己主張の現れと見れば、多少は理解出来るが
何とも頂けない様である。何で今頃山姥スタイルなのか、
その根拠は解らないが浮世絵に描かれた山姥の姿を映した化粧法ではないかと思われる。 このブームに便乗した訳ではないが、邦楽に「山姥」を主題にしたものが多くあり、 山姥物と呼ばれ、その大半が山姥とその子供である怪童丸(または金太郎) 後に源頼光の四天王の一人となる坂田金時とを絡めた作品として作られておる。 しかし、現存する山姥を扱った芸能として最も古い謡曲「山姥」には坂田の 金時との関係を推測させる事柄は出ていないが、この「山姥」が後の「山姥物」 の原点であることは間違いない事実である。 古くから山姥に纏わる伝説は各地にあり、その中には山姥と金太郎(坂田金時) に纏わる伝説も多々あり、金太郎誕生の地を称する所も多くある。金太郎伝説を 伝える中の幾つかには、古くから有った山姥伝説に邦楽の内容などを結び付け、 新たな伝説に作り上げられたと推測されるものも見受けられる。 そこで山姥と金太郎の結び付きが、どうして形成されたのかを邦楽を通して考察し、 また邦楽が伝説に影響を与えたかを見て行くことにした。 【山姥と云う言葉の由来】 古くから日本各地に山姥に纏わる伝説・説話が多く伝わっており、古くは「今昔物語」 にも記載されています。民俗学の大家柳田國男先生の著書「妹の力」には、 様々な形態の山姥伝承が収められている。 この「山姥」と呼ばれるものが、どのようなものであったか様々な説があります。 一つの説としては、古来「雷」は火の母体と見なされていた。この「雷」によって雨が降り、 大地に水がもたらされる。山に降った雨は大地に浸透し、山は大量奈な水を溜める。 貯水された雨水は地表に湧き出し、川水となって田畑を潤し、豊かな実りをもたらす。 人間にとって水は必要不可欠なものであり、この水を与えて呉れる山には「山の神」が 存在するとの信仰が発生した。また、「山の神」は即ち「田の神」でもあった。 故に「山」無くしては「水」無く、古代の人々は純粋に山には人々に多大な恩恵を 与えて呉れる神々が岩窟に天下り住まいしていると考え、山自体を神々が住まいする 神聖な場として見るようになった。 素朴な古代人は山即ち山ノ神は、普段は生命の源である「水」を与えて呉れる 存在であるが、怒ると荒れ狂う横暴な様相を呈し、人々に途端の苦しみを与える 二面性を併せ持つ存在でもあるとして、尊敬と畏怖の念を持って崇めて来た。 この高貴な「山の神」の怒り荒振る事を慰撫するために、巫女を御杖代(ミツエシロ) として奉仕させた。 この御杖代は「山の神」の嫁として清浄無垢な乙女が充てられ、山の神の里住まい の場として作られた「野の宮」に住まいし、「斎(トキ)」を献じて日々祭りを行わせていた。 しかし、時の経過と共に巫女自体を神の具現者と見るようになり、 人々の信仰の対象と変じていった。この巫女即ち「山の神の嫁」を称して、 「山妻(ヤモメ)」と呼ぶようになり、彼女が独身の身で有った事から、 後に転じて寡婦のことを「やもめ」と云うようになった。 妙齢な乙女が人里離れた「野の宮」に独り住まいするのに付け込み、 神々を恐れぬ不埒な杣人や猟師、旅人などが近づき、人知れず男女の関係を結ぶようになり、 当然な結果として巫女が妊娠することが多々あった。無形な山の神が生身の巫女を 孕ませる事は不可能である事を知りながら、純朴な里人達は、山妻の出産した子供を、 神との交わりにて出来た子供即ち「神の子」と呼び、神の子を育てる山妻をして 「山姥」と云うようになった。 巫女の出産とは異なり、親の許さぬ仲にて妊娠した娘、不義密通の末の妊娠など、 世間の目を憚り、山奥に身を潜め出産し、そこに定住した場合や、妊娠により精神に 異常を来たし山篭りして出産する場合もあった。これら山奥にすまいし子育てを する女性も、何時しか「山姥」と呼ばれるようになった。何れの場合でも生まれた 子供は、遊び相手も無く、山野を遊び場とし、動物を遊び相手にした自然児として 成長して行った事は疑いない事実であった。
|