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1.まえがき 現在では様々な情報か否応無く、様々な メティアを適して我々に入って来る。 特に、事件性の高いもの、スキャンタラス なものなど、人々の興味・好奇心をそそる ものは、テレビのワイトショーで良きに付 け、悪しきに付け即時的に入って来る。 現在のようにテレビ・ラジオ・新聞・週 刊誌等の多様化された情報手段が無く、且 つ文旨率の高かった江戸時代に於いて、事 件性の高い情報がどのような手段にて庶民 に伝達さわていたのか、疑問を抱いている 方も居られると思う。 江戸時代には、市中に起きた諸々の事件 を諸人に知らす手段として瓦版かあり、現 在の新聞の役剖を担っていた。瓦版売り か辻々にて面白おかしく、聞き手の興昧 を引く様に、節付けして読み上ける「瓦版 のダイジェスト」は、買い手の購買意欲を そそった。しかし、文旨率の高かった庶民 層が事件の全貌を知るためには、文字を知 る者に瓦版を読んで貰うか、他人に聞くし か知る手段がなかった。 しかし、別の手段として娯楽の少ない当 時では、芝居・人形浄瑠璃かその役割を担 っていた。両者は庶民に取って最たる娯楽 であったし、その影響力は今では考えられ ないくらい深かった。 此れらの興行主では、集客手段として、 ニュース性の高い話題の事件や事柄を、よ り早く舞台の乗せることが必要であった。 それは視壊率を競うテレビのワイトンョー か祝聴者により刺激性の強いものを即時に 報遭することに躍起になっているのと同じ で、舞台か即ちテレビの画面に匹敵する機 能を果たしていたと云っても過言ではない と思う。事件や他人の不幸に興昧を抱くの は、今と変わらず人間の常であり、特に心 中事件は格好な材料となっていた。ただ、 実名入りで取扱うことは禁しられていたが 筋立てなどからそれと分かる仕立てになっ ていた。 2.心中とは.. 心中と云う言葉は、現在では様々な死様 に使われていますが、本来「心中」と云う のは相愛の男女かその愛情の度合いを示す 具体的な方法を示す言葉であった。特に江 戸時代の遊里や岡場所で遊女と馴染み客と の間で、お互いの愛情か真実であることを 示す手段として様々なことが行われていた。 その行為を称して「心中させる」「心中立」 と云っていた。 延享6年(1678)刊行の畠山箕山書「色道 大鑑」[燕石十種第二巻所収・中央公論社 版]に「爪を剥ぐ・誓詞を取り交わす・断 髪・入れ墨・断指・肉を突く」など具体的 な心中立の方法が挙げられて入る。又、井 原西鶴著「諸艶大鑑・好色二代男」巻二「 津浪は一度の濡」の項には、女郎の心中立 の指切りについて次の様に書かれている。 「各々様に何かくすべし。いかにも我まま にはきられず。より男口説してのかかる時、 誓詞は品を替へ、爪も前かどにはなすれば、 此度無念ながら指なり、前の段々親方に断 り申せば、姉女郎まじりに、切っての後見 捨る男の吟味をして、初対面此の方の勤帳 を引合、もしも手管の男かと、前の一座会 義つよく、此跡の盆、高嶋屋の参会の女郎 はと、外の家迄とひにつかはし、偽りなけ れば此男にのかれては俄に淋しくなるべし と、漸々を定め切事」この文章からは、馴染みの客に対する女郎 の心中立ても、馴染みを重ねるに従い、より 強い心中立になり、肉体の苦痛を伴うものと なる。特に指切りは、伊達や酔狂では出来ず、 不具で情夫のいる女郎に深く馴染む客も付か ず、後の商売にも支障を来たす故に、抱主の 承諾無しには出来す、姉女郎を交えてその男 の此れまでの通い具合や、その男の人間性、 他の遊女屋への出入りと馴染み女郎の有無ま でも調べた上で、将来性を見て決めていたこ とが分かる。
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