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前回までは日本の伝統音楽の中に語り物芸能の原点とも云えます「説経」とその系譜につき検証して
来ましたが、今回からはその『語り物』と呼ばれる芸能の内で、三味線音楽と結び付いた芸能を取上げて
検証して行きます。 以前に記した様に「語り物」の発祥は鎌倉時代以降に大衆の娯楽として盛んになった平曲(琵琶)、 説経僧の談義(伴奏楽器はささら・鉦)、幸若舞(伴奏は鼓)、盲御前の語り物(伴奏は鼓)、山伏の 祭文(伴奏は錫丈)などの歌誦芸能を原点として出来上がった「語り」を主体とした芸能です。語り物の 主流を成した説経僧の談義は、時代を経るに従い次第に低俗化して大道芸の門説経へと転化して行き、 平家琵琶は室町時代に入ると次第に飽きられ始めた。 室町中期頃になると『浄瑠璃物語』別名[浄瑠璃姫物語・浄瑠璃御前物語・矢作物語]と言う『語り物』 が三河国矢作に起こり、何時しか琵琶法師の芸能となって広く流布するようになった。この「浄瑠璃物語」 の流布と共に、何時しか類似する琵琶を伴奏にして語る物をして全て「浄瑠璃」と呼ぶようになった。やがて 「土偶操り人形」と結びつき、浄瑠璃に合わせて人形が演じる「人形浄瑠璃」がつくられ、当初の浄瑠璃とは 異なっていった。 しかし、現在、仙台で継承されている「仙台浄瑠璃」または「奥浄瑠璃」と呼ばれておる浄瑠璃は、 浄瑠璃発生当時の語り物の形態知る上からは貴重な存在で、当時の形態を現在まで踏襲した浄瑠璃と 云われています。 【浄瑠璃の名前の由来】 浄瑠璃と云う言葉の発祥は、三河の国矢作の長者(遊君)が、大同三年(703)開山の三河地方の 名刹鳳来寺にある本尊「薬師瑠璃光如来」に祈願して授かった娘に附けた名前である「浄瑠璃姫」 に由来します。 その謂れは成人した浄瑠璃姫は母と同じく矢作の長者となるが、平家の目を逃れ奥州平泉に下向する 源義経とお互いに引き合い一夜の契りを交わす。再会を約し下向した義経は吹上にて病に罹り重篤となる。 夢中にて薬師如来の御告げにて義経の危急を知った姫は吹上に急行するが、義経は息絶えていた。姫が 一心不乱に薬師如来を祈願すると、その霊験にて義経は蘇生する。再会を約して義経は天狗に姫を送らせ、 平泉に下向する。平家追討にて上京する際に、義経は矢作の浄瑠璃姫の許を訪れるが姫は没していた、 との伝承に起因しています。 鳳来寺瑠璃光如来信仰を広める手段として、悲劇の武将と浄瑠璃姫との悲恋物語に如来の霊験を結び 付け「語り物」にしたのが上記の『浄瑠璃姫物語』又は『浄瑠璃御前物語』又は『矢作物語』と云われる もので、1400年代初めに三河国矢作にて作られ、この地方の遊女達により語り継がれ、また鳳来寺薬師 信仰普及のための歩き巫女達により女性が語る芸能として広く流布されていた。この語り物は十二段にて 構成されており、その謂れは薬師如来に脇侍する十二神に模っていることです。
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