●『琵 琶』(一)

 前回は様々な伝統音楽に多大な影響を与た た「声明」に付いて述べましたが、今回から は影響を受けた芸能の一つである「平家琵琶」 を取り上けます。しかし、平家琵琶に入りま す前に伝来楽器である「琵琶」が、どの様に して伝来したのかを述べ、餅せて琵琶全般に 亙り述べて行きます。

1〕琵琶の根源と中国の琵琶
 琵琶は中国・朝鮮・日本にて用いられて る撥を使って演奏する楽器である。その根 源はぺルシャより洋梨形曲頚四弦のリュー トが、西域を経て漢代(前202〜220)に中国 に渡来し琵琶と名付けられ用いられた。こ の琵琶は曲頚琵琶[頭部が後方に曲がって いる琵琶]であった。中国にはすでに秦代 (前2〜3世紀)に弦トウと称する振鼓に二弦を張 った楽器が存在していた。晋代(3〜4世紀)に 弦トウと曲頚四弦琵琶が結合して円胴の「 晋琵琶」が作られ、唐代に名手阮咸(げんかん) に困み名を「阮咸」と改めた。その後、南 北朝(5〜6世紀)になり西域から棒状の五弦直 頚琵琶が輸入され亀茲[古代西域の国名] 伎楽用に用いられた.唐代になると四弦 琵琶は胡琴と呼ばれ、曲頚琵琶は主として 管弦楽合秦用として用いられ、直頚琵琶は 多く歌詞の伴奏用して用いられていた。 又、俗楽器して広く普及し、唐代末には 詩人白楽天により有名な「琵琶行」が作ら れている。阮咸は宋代以降「月琴」と呼ば れ、明・清代には棹が短くなり、柱も九柱 から十七柱まで改良され、現在では指や爪 に義爪を固定して演奏している。宋代に入 り琵琶は益々盛んになり、以来近代に至ま で宮延音楽や民間劇楽にて用いられ、清朝 に入り三弦・胡琴が民間の主要楽器とるなる迄、 主導的な地位を保って来た。
 明朝以降はは中部や南部地方にて独奏や歌 の伴奏楽器として使用され、形態も改良さ れて四弦十六柱となり、頭部も曲頚と直頚 との中間の形に変わり、膝の上に琵琶を立 てるようにして構え、弾法も撥ではなく指 爪にて弾くようになった。
2〕朝鮮の琵琶

 朝鮮の琵琶は高句麗の時代に既に直頚五 弦琵琶や阮咸が唐より流入しており、曲頚 四弦琵琶は新羅統一(676)の頃に新羅に伝 えられたと言われて居る。高麗朝(10〜11 世紀)では、宮廷にて使用する楽を雅楽・ 唐楽・郷楽に別けていた。四弦琵琶は「唐 琵琶」と名付けられ、宮延宗室の廟(王朝 の祖先を祭る廟)での祭楽の際や宮中での 宴礼の際に奏す法楽である登雅楽に用いら れていた。五弦琵琶は「郷琵琶」と呼ばれ 郷楽を奏する時に用いられた。
 李朝になると四弦四柱の唐琵琶は形が改 良され、柱は数を増し十二柱となった。又、 郷琵琶も柱が十柱に増えた。季朝では中国 伝来の儒教のの礼楽を「雅楽」と呼び、朝鮮 にて作られた礼式楽を「俗楽」と呼び、祭 楽と法楽とに男けていた。郷琵琶は唐琵琶 と共に王朝宗廟の祭礼や宴礼の登雅楽に用 いられていた。
 郷琵琶は細い棒状の柱十個を立て、奏法 は右手に匙(し)と呼ぶ長さ15cmの棒に て弾奏している。
 朝鮮では琵琶は終始宮廷楽の楽器として 用いられ、そのために民間楽器とは融合せ ず、季王朝消滅と共に消滅し、現在では実 用されていない。
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